大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

旭川地方裁判所 昭和46年(ワ)343号 判決

原告

鈴木栄

ほか一一名

被告

見上登

ほか一名

主文

一  被告らは、各自、原告鈴木栄に対し、金七八万六、二七一円及び内金五三万六、二七一円に対する昭和四七年一一月一五日以降、内金二五万〇、〇〇〇円に対する昭和四六年一〇月一七日以降、各完済まで年五分の割合による金員を、原告鈴木高明、同戸田玉子、同薩来愛子、同加藤秋子、同曾我部綾子、同鈴木留若、同中根道子、同鈴木勝蔵、同鈴木勝に対し、各金五万三、六二七円及びこれに対する昭和四七年一一月一五日以降各完済まで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その九を原告らの、その余を被告らの、それぞれ連帯負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

(一)  被告らは、各自、原告鈴木栄に対し金三九八万六、九四七円及び内金二四八万六、九四七円に対する昭和四七年一一月一五日以降、内金一五〇万〇、〇〇〇円に対する昭和四六年一〇月一七日以降、各完済まで年五分の割合による金員を、原告鈴木高明、同戸田玉子、同薩来愛子、同加藤秋子、同曾我部綾子、同鈴木留若、同中根道子、同鈴木勝蔵、同鈴木勝に対し各金五七万八、一八九円及びこれに対する昭和四七年一一月一五日以降完済まで年五分の割合による金員を、原告鈴木里美、同東映子に対し各金一三万九、〇九四円及びこれに対する昭和四七年一一月一五日以降完済まで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。

(二)  訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

との判決および仮執行の宣言

二  被告ら

(一)  原告らの請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決

第二請求の原因

一  事故発生

訴外亡鈴木トミ(以下亡トミという)は次の交通事故により死亡した。

(一)  発生日時 昭和四五年一二月一八日午後七時一五分ころ

(二)  発生場所 北海道絞別郡白滝村西区内道道上

(三)  加害車両 普通乗用自動車(北五ふ五三八八号、以下加害車という)

(四)  右運転者 被告見上信昭(以下被告信昭という)

(五)  被害者の事情 歩行中(事故時六八才、死亡時七〇才の女性)

(六)  事故態様 被告信昭は、加害車を運転して、時速約六〇キロメートルで本件事故現場道路を南方から北方へ向け走行中、道路西側を対面して歩行してきた亡トミに加害車の左前部バンバー付近を衝突させたもの

(七)  死亡 亡トミは右事故により脳挫傷、骨盤骨折、右大腿骨々折等の傷害を受け、外傷性痴呆、運動性失語症、右片マヒ等により終身介助を要する状態となつたが、右受傷のため、昭和四七年一一月一五日、旭川赤十字病院で死亡した。

二  責任

(一)  被告見上登は、加害車を業務用に使用し、自己のため運行の用に供していた(自動車損害賠償保障法第三条による責任)。

(二)  被告信昭は、後記の過失により、本件事故を発生させた(民法第七〇九条による責任)。

同被告は本件事故現場を上支湧別方面から白滝駅方面へ向い加害車を運転して時速約六〇キロメートルで走行中、当時は、夜間であるうえ吹雪のため視界が悪く、かつ、道路の西側(進行方向左側)には約七〇センチメートルの積雪があり、道路の有効幅員が約五メートルに狭まつていたのであるから、自動車運転者としては前方をよく注視し、道路の安全を確認して進行すべき注意義務があるのに、これを怠つた過失により、道路の西側を対面から歩行してきた亡トミに気付かず、加害車を亡トミに衝突させたものである。

三  権利の承継

原告鈴木栄は亡トミの夫、原告鈴木高明、同戸田玉子、同薩来愛子、同加藤秋子、同曾我部綾子、同鈴木留若、同中根道子、同鈴木勝蔵、同鈴木勝はいずれも亡トミの子、原告鈴木里美、同東映子は亡トミの三男亡鈴木孝(昭和四五年二月二七日死亡)の子(映子は養女)で亡孝の代襲相続人であり、原告らはいずれも亡トミの相続人の全部である(相続分は原告鈴木栄が三分の一、原告鈴木里美、同東映子が二〇分の一、その余の原告らは各一〇分の一である。)。

四  損害

(一)  亡トミの損害

1 療養関係費

(1) 治療費

(イ) 道立白滝診療所 金一、九〇八円

(ロ) 丸瀬布厚生病院 金六〇万一、七二一円

(ハ) 太田整形外科医院 金一四万二、六三四円

(ニ) 旭川赤十字病院 金一〇三万五、六六四円

(2) 付添費

亡トミは、生前、前記各病院に入院治療中、自ら起立、歩行することが困難で介助を要したため、旭川家政婦斡旋所からの家政婦に付添いを依頼し、昭和四六年五月一日から昭和四七年一一月一五日(死亡日)までの間、同斡旋所に付添費用(紹介手数料、受付手数料を含む)として金一〇八万三、四九〇円を支払つた。

(3) 入院雑費

亡トミが前記各病院に入院期間(六九九日)中、一日につき金三〇〇円の入院雑費を要したので、その額は金二〇万九、七〇〇円となる。

2 休業損害

(1) 亡トミは、本件事故当時、六八才の女性で、主婦として家事労働に従事するかたわら、農業を営み、約八〇羽の養鶏と約三〇アール(約三反歩)の畑に野菜、馬鈴薯等を栽培して、鶏卵や収穫物を販売して収益を得ていた。そして、少なくとも一ケ月金三万〇、〇〇〇円を下らない収入を得ていた。

(2) 本件事故による受傷のため、亡トミは事故時から死亡時まで二二ケ月二九日間は全く稼働できず、その間、全く収入を得られなかつた。

(3) 右期間中の亡トミの休業損害は金六八万九、〇〇〇円と算定される。

(算式)

〈省略〉

3 逸失利益

亡トミの死亡による得べかりし利益の喪失額の現価は次のとおりである。

死亡時の年令 七〇才

平均余命 一一・〇九年(第一一回生命表による)

就労可能年数 四・六年(自賠責保険算定基準による)

収入 月収金三万〇、〇〇〇円(前記2の(1)のとおり)

生活費の控除 収入の四〇パーセント

労働能力喪失率 一〇〇パーセント

中間利息控除 ホフマン式計算による(係数三・五六四三七)

逸失利益額 金七六万九、九〇三円

(算式)

30,000(円)×60/100×12×3.56437=769,903(円)(円未満切捨て)

4 慰藉料

亡トミの慰藉料は金五〇〇万〇、〇〇〇円を下らない。

(二)  原告鈴木栄

1 交通費

亡トミの夫である同原告は、亡トミの入院期間中、一月二回の割合で、看護、見舞のため自宅と病院を往復し、これに要した交通費が一回金二、〇〇〇円で、通院回数が四八回であつたから、交通費は金九万六、〇〇〇円となる。

2 慰藉料

同原告は、本件事故により妻が瀕死の重傷を受け、かつ、長期間入院した後死亡したことにより、その受けた精神的苦痛は甚大であり、同原告の慰藉料は、金一〇〇万〇、〇〇〇円が相当である。

3 弁護士費用

原告らは、本件事故による損害賠償請求につき、被告らが任意の支払いに応じないので、訴訟代理人として弁護士富岸友吉に訴訟追行を委任したが、原告鈴木栄が右代理人との間で、その余の原告らの分を含めて弁護士費用を支払うことを約し、右代理人に対し、手数料として金五〇万〇、〇〇〇円を支払い、また、謝金として金一〇〇万〇、〇〇〇円を支払うことを約した。

(三)  原告鈴木高明、同戸田玉子、同薩来愛子、同加藤秋子、同曾我部綾子、同鈴木留若、同中根道子、同鈴木勝蔵、同鈴木勝

慰藉料

同原告らはいずれも亡トミの子であるが、本件事故により母を失つた精神的苦痛は大きく、同原告らの慰藉料は各金三〇万〇、〇〇〇円が相当である。

(四)  損害の填補

亡トミは、(1)自賠責保険後遺障害補償として金三八〇万〇、〇〇〇円、(2)被告見上登から治療費の内金として金七七万三、五一八円、(3)紋別郡白滝村から老人医療費助成金として金五二万三、四四二円、(4)被告らから金二六万四、二一九円、合計金五三六万一、一七九円の支払いを受けたので、右(2)、(3)を前記亡トミの治療費の内金に、右(1)、(4)を同亡トミの治療費以外の損害金に各損害額に応じ按分して充当した。従つて、亡トミの損害金残額は、治療費金四八万四、九六七円、付添費金五一万五、四四五円、入院雑費九万九、七六〇円、休業損害金三二万七、七七五円、逸失利益金三六万六、二六三円、慰藉料金二三七万八、六三一円、合計金四一七万二、八四一円となる。

(五)  原告らの相続分

前記三の割合による原告らの相続分は次のとおりである。

1 原告鈴木栄

金一三九万〇、九四七円(4,172,841×1/3)

2 原告鈴木高明、同戸田玉子、同薩来愛子、同加藤秋子、同曾我部綾子、同鈴木留若、同中根道子、同鈴木勝蔵、同鈴木勝

各金二七万八、一八九円(4,172,841×2/3×1/10)

3 原告鈴木里美、同東映子

各金一三万九、〇九四円(4,172,841×2/3×1/10×1/2)

三  以上により、被告両名に対し、各自、原告鈴木栄は、金三九八万六、九四七円(交通費金九万六、〇〇〇円、慰藉料金一〇〇万〇、〇〇〇円、相続分金一三九万〇、九四七円、弁護士費用金一五〇万〇、〇〇〇円)および弁護士費用を除く内金二四八万六、九四七円に対する亡トミ死亡の日である昭和四七年一一月一五日以降、弁護士費用である内金一五〇万〇、〇〇〇円に対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四六年一〇月一七日以降、各完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を、原告鈴木高明、同戸田玉子、同薩来愛子、同加藤秋子、同曾我部綾子、同鈴木留若、同中根道子、同鈴木勝蔵、同鈴木勝は、各金五七万八、一八九円(慰藉料各金三〇万〇、〇〇〇円、相続分金各二七万八、一八九円)およびこれに対する亡トミ死亡の日である昭和四七年一一月一五日以降、各完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を、原告鈴木里美、同東映子は、各金一三万九、〇九四円(代襲相続分)およびこれに対する亡トミ死亡の日である昭和四七年一一月一五日以降完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を、それぞれ支払うよう求める。

第三請求の原因に対する被告らの答弁

請求原因一項(一)ないし(五)および(七)、二項(一)、三項、四項(四)の各事実は認めるが、一項(六)、二項(二)の各事実を否認し、四項(一)ないし(三)および(五)の損害額はいずれも不知。

第四被告らの主張

一  無過失、免責

本件事故現場付近道路は、道路の西側は除雪したが雪が約七〇センチメートルの高さに積み上げられ、また、東側路外は道路より約七〇センチメートル低くなつており、当時路面は凍結しその上に雪が少し積つている状態であつた。被告信昭は加害車を運転して本件事故現場にさしかかつたところ、前方約五八メートルの地点の道路東側(進行方向右側)を対向して歩行してくる亡トミを認めたが、同人が加害車の方を見ていたので、そのまま直進歩行してくるものと考え約三四メートル歩行したところ、同人が突然横断しかけ、前方約二四メートルの道路中央寄りの地点に移動したので、危険を感じ急制動の措置をとつたが、約一一メートル空走したのち滑走し、道路西側(進行方向左側)部分において、亡トミに加害車前部を衝突させるに至つたものである。このように、本件事故は前方から自動車が走行してくるのを認めながら、その直前で道路を横断した亡トミの自殺的行為によつて惹起されたものである。しかも、同被告としては、右にハンドルを切れば道路下に転落するおそれがあり、左に切れば積雪に突つ込み、同被告や同乗者の生命に危険が生ずるので、急制動の措置をとる以外に方法はなかつたところ、凍結した路面における普通乗用自動車の制動距離が、時速四〇キロメートルの場合は六九・六メートル、同六〇キロメートルの場合は一五〇・七メートルであることが実験の結果で明らかであるから、前記の加害車と亡トミとの距離関係(約二四メートル)では、時速二五キロメートルで走行していたとしても衝突は免れなかつたことが推測される。従つて、被告信昭にとつて、本件事故は避けることができなかつたもので、無過失である。また、被告見上登は、本件事故が前記のとおり亡トミの一方的な過失によつて発生したもので、同被告および運転者に過失はなく、かつ、同車両に構造上の欠陥も機能上の障害もなかつたので、免責される。

二  過失相殺

仮に被告信昭に運転上の過失があつたとしても、被告者亡トミにも前記のように重大な過失があつたので賠償額の算定につきこれを斟酌すべきである。

第五被告らの右主張に対する原告らの答弁

被告らの主張事実中、本件事故現場付近道路の状態が被告ら主張のとおりであることは認めるが、その余の点を否認する。亡トミは、本件事故現場道路西端を、除雪して積上げられた積雪に添つて南方に向け歩行していたところ、被告信昭において、夜間、吹雪のため視界が悪いのに、前方をよく注視することなく加害車を進行させたため、本件事故を発生させたものである。このように、本件事故はもつぱら被告信昭の過失に基因するものであつて、道路の右端(加害車の進行方向左側)を歩行していた亡トミに過失はない。従つて、同被告に過失のないこと、あるいは、亡トミに過失のあることを前提とする被告らの主張は理由がない。

第六証拠〔略〕

理由

第一  事故発生

一  請求原因一項(一)ないし(五)および(七)の各事実は当事者間に争いがない。

二  事故態様

(一)  〔証拠略〕によれば、本件事故現場は、道路の幅員が六メートルのほぼ南北に通じる道路(白滝原野停車場線)上で、当時、路面は凍結しており、また、右道路の西側は、除雪した雪が約七〇センチメートルないし一メートルの高さに、幅約一メートルにわたつて積み上げられて路面が狭められ、当時天候が吹雪もようで西方からの風に吹かれて積み上げられた雪の上辺から道路の中心線付近にかけて下向する斜面を形成するような吹きだまりができて路面に積雪があり、また、道路の東側は、東側路外が道路より約七〇センチメートル低くなつており、東側路面は雪が吹き飛ばされてアイスバーン状となつていたこと、被告信昭は、加害車を運転して上支湧別方面から白滝市街地方面に向い時速約六〇キロメートルで北進中、前方五八・四五メートルの地点に道路東側(進行方向右側)をうつむき加減で対面して歩行してくる被害者(亡トミ)を認めたので、時速約五五キロメートルに減速したが、その時、被害者が顔を上げ加害車両の方を見たように感じたので、そのままの速度で三四・四メートル走行したところ、被害者が道路の中央部分(前記有効幅員道路の中央部分)に移動しているのを前方二四メートルの地点に認め、約一一メートル走行した後、急制動の措置をとつたが、一一・八五メートル進行した道路の西側部分で加害車の前部ボンネツトモール中央やや左側部分を被害者に衝突させたこと、一方、亡トミは、事故前、事故現場より約五三〇メートル北方にある実妹長谷部シゲ方に立寄つたのち、帰宅するため本件事故現場道路を南進歩行中本件事故に遇つたものであり、着物にもんぺいをまとい、防寒草履を履いていたこと、事故当時は夜間で、付近に照明はなく、前記のように吹雪もようであつたが、直線道路で、自動車前照灯の照明により前方六〇メートル程度の見通しは可能であつたこと、以上の各事実が認められる。

(二)  原告らは、亡トミが道路西側の除雪された積雪に添つて道路右側を歩行していたと主張し、証人井上節子、亡トミは右主張に添う証言、供述をしているが、右は前記(一)掲記の各証拠と対比して措信することができない。即ち、〔証拠略〕によれば、本件衝突現場地点には路面に一五ないし一六センチメートルの積雪のあつた事実が認められ、これと前記認定の事実を考え合せると、草履を履いた亡トミが除雪して積み上げられた積雪に添つて雪深い道路右側(西側)を歩行していたものとは考えられず、亡トミは、積雪の少ない道路左側を歩行していたものと認めるのが相当である。そして、〔証拠略〕を綜合すれば、亡トミは歩行しやすい道路左側を歩行して事故現場付近に至つたところ、前方から対面進行してくる加害車を認め、常々、夫らから道路の右側を歩くように注意を受けていたので、急拠道路右側に移るよう横断しかけて本件事故に遇つたものと推認される。以上の認定に反する〔証拠略〕はたやすく措信しがたく、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(三)  右事実によれば、本件事故現場道路は、当時、路面が凍結しその上に雪が降り積つていたのであるから、制動しにくく、かつ、滑走しやすい状態であり、しかも、夜間で吹雪のため視界が六〇メートル程度と悪かつたのであるから、このような場合、自動車運転者としては、前方をよく注視すると共に、障害物を発見したときは直ちに停止できるように速度を十分落して進行すべきであつたところ、被告信昭は、時速約六〇キロメートルと前記の条件のもとではかなりの高速度で進行し、前方五八メートルの地点に道路東側(進行方向右側)をうつむき加減で対面歩行してくる被害者を認めたのに、速度を時速約五五キロメートルと僅かに減速したのみで進行し、そのうえ、同人がそのままの状態で歩行して来るものと軽信してその後の同人の動静に十分な注意を払うことなく運転を継続したため、同人が道路を横断するため中央部分に移動しているのに気付くのが遅れ、かつ、発見後も前記の高速度で歩行していたためすみやかに停止できず、本件事故を発生させたものと認めるのが相当である。被告らは、本件事故は前方から自動車が走行して来るのを認めながら、その直前で道路を横断した亡トミの一方的な過失に基因して発生したと主張するが、なるほど、亡トミの横断方法に適切さを欠いた点のあることは認められるけれども、被告信昭においても、前方を注視し、亡トミの動静によく注意を払つていれば、亡トミが横断しようとしているのに気付き、その際、警音器を吹鳴するなり、早期により減速するなりして、本件事故発生を未然に防ぐこともできたものと考えられるので、同被告の前方不注視、減速、徐行違反の過失のあつたことは明らかであり、責任は免れない。また、被告らは、凍結した路面における自動車の制動距離からして、加害者と亡トミとの距離関係(約二四メートル)では衝突は不可避であつたと主張するが、凍結した路面における停止できる距離が被告らの主張どおりであるとしても、このことが、約二四メートルの至近距離に至るまで亡トミが横断していることに気付かなかつた被告信昭の責任を左右するものではなく、むしろ、凍結した路面では停止できる距離が極めて長くなるからこそ、あらかじめ速度を十分に落して徐行する義務があつたものというべきである。

(四)  一方、亡トミにおいても、前記各認定の事実によれば、前方から対面して進行してくる加害車の動静に十分注意することなく、道路を横断しようとしたものと認められ、これが前記被告信昭の過失と相俟つて本件事故を発生させる要因になつているものというべきである。このように本件事故は、右両者の過失が競合して発生したものと認められるところ、両者の過失の割合は、前記認定の各事実および本件に顕れた一切の事情を考慮して、原告側を二、被告側を八とするのを相当と認める。

第二  責任

一  請求原因二項(一)の事実は当事者間に争いがなく、被告信昭に運転上の過失のあつたことは前記第一、二、(三)記載のとおりである。

二  被告見上登は免責の主張をするが、加害車の運転者が無過失であると認められない以上、同被告が免責されることはないので、右主張は失当である。

三  以上によれば、被告見上登は運行供用者として、被告信昭は不法行為者として、各自、本件事故によつて生じた損害を前記第一、二、(四)記載の過失割合に応じて負担する責任があるものと認められる。

第三  損害

一  亡トミの損害

(一)  療養関係費

1 治療費

(1) 道立白滝診療所 金一、九〇八円

成立に争いのない甲第一三号証による。

(2) 丸瀬布厚生病院 金六〇万一、七二一円

前同甲第一五号証による。

(3) 太田整形外科病院 金一四万二、六三四円

前同甲第一九号証による。

(4) 旭川赤十字病院 金一〇三万五、六六四円

前同甲第一七、第二一、第四一号証による。

2 付添費(紹介、受付手数料を含む) 金一〇八万三、四九〇円

〔証拠略〕による。

3 入院雑費 金二〇万九、七〇〇円

〔証拠略〕によれば、亡トミの入院期間は合計六九九日である事実が認められるところ、右入院期間中、一日につき金三〇〇円程度の雑費を要したであろうことは経験則上容易に推認されるので、その額は金二〇万九、七〇〇円と算定される。

4 休業損害、逸失利益

亡トミが事故時六八才、死亡時七〇才の女性であることは当事者間に争いがない。そして、〔証拠略〕によれば、亡トミは、事故当時、夫栄(七五才、無職)と営林署に勤務する六男(未婚)の三名で原告鈴木栄方肩書住所地に居住し、同原告方では約八〇羽の養鶏と約三〇アールの畑に馬鈴薯等を栽培していたため、同原告方の主婦として家事労働に従事するかたわら、右養鶏、栽培についてもその手伝いをしていたことが認められる。ところで、家事労働に従事する主婦が負傷ないし死亡した場合に、休業損害ないし逸失利益が認容されうるためには、少くとも、その主婦が潜在的な稼働能力を有し、一般的な労働をなしえて労務賃金を得る可能性のある年令にあることを必要とすると解するのが相当である(家事労働自体の財産的評価は極めて困難で、厳密にいえば算定不能といわざるを得ないが、それにも拘らず、主婦の逸失利益等を認容するのは、主婦も一般労働市場における労働力の担い手となりうるし、潜在的な稼働能力の存する点を考慮するからであると解される。)。従つて、主婦の逸失利益等の算定には、一般婦人労働者の稼働可能期間(或はその賃金)を考慮に入れざるを得ない(但し、右の稼働可能期間と、主婦の家事労働に従事し得る期間とは、必ずしも一致するものではない)ところ、六八才の主婦は、前記の意味における潜在的稼働能力があるものとはとうてい認め難い(六〇才ないし六三才が限度であろう)。そうすると、亡トミに主婦の休業損害ないし過失利益を認めることは困難である。次に、原告鈴木栄方の養鶏、栽培がどの程度の収益をあげていたか、収益があつたとして、亡トミがこれにどの程度寄与していたかについては、〔証拠略〕中に原告らの主張に添うかの如き供述部分があるけれども、右部分はにわかに信用し難く、他にこれを認めるに足る証拠はない。

そうならば、亡トミの傷害および死亡による休業損害および逸失利益についての原告らの請求はその余の点につき判断するまでもなく失当であり、認容することができない。

3 慰藉料 金三〇〇万〇、〇〇〇円

前記当事者間に争いのない事実および認定事実によれば、亡トミは本件事故により瀕死の重傷を受け、六九九日間にわたる長期の入院生活の甲斐なく死亡するに至つたもので、同人の苦痛がいかに大きいものであつたかは容易に推測できるところであり、同人が老令であるため前記4記載の如く休業損害、逸失利益が認容できなかつたこと、その他本件に顕れた一切の事情を考慮して(但し過失割合の点を除く)、慰藉料を金三〇〇万〇、〇〇〇円とするのを相当と認める。

二  原告鈴木栄の損害

(一)  交通費

同原告が妻亡トミの入院中、看護見舞のため病院へ赴いたであろうことは容易に推認されるが、原告らの全立証および本件全証拠によるも、病院へ赴いた回数およびこれに要した費用を認定することができない。よつて、主張の交通費は認容できない。但し、右の事情は後記慰藉料算定につき考慮することとする。

(二)  慰藉料 金一〇〇万〇、〇〇〇円

本件事故により妻トミを失つた同原告の精神的苦痛の大きいことは明らかであることから、前記の事情、亡トミの入院状況等一切の事情を考慮し(但し過失割合の点を除く)、慰藉料を金一〇〇万〇、〇〇〇円とするのを相当と認める。

三  原告鈴木高明、同戸田玉子、同薩来愛子、同加藤秋子、同曾我部綾子、同鈴木留若、同中根道子、同鈴木勝蔵、同鈴木勝

慰藉料 各金一〇万〇、〇〇〇円

同原告らがいずれも亡トミの子であることは当事者間に争いがなく、母を失つた同原告らの精神的苦痛の大きいことは明らかであるから、前記亡トミの入院状況等一切の事情を考慮して(但し過失割合の点を除く)、慰藉料を各金一〇万〇、〇〇〇円とするのを相当と認める。

四  過失相殺、損害の填補

(一)  以上によれば、亡トミの損害額は合計金六〇七万五、一一七円、原告鈴木栄の損害額(弁護士費用を除く)は金一〇〇万〇、〇〇〇円、原告鈴木高明外八名の損害額は合計金九〇万〇、〇〇〇円、総合計金七九七万五、一一七円となるところ、前記第一、二、(四)の認定の過失割合によつて原告側の損害につき過失相殺をすれば、亡トミの損害額は金四八六万〇、〇九三円(円未満切捨て、以下同じ)、原告鈴木栄の右損害額は金八〇万〇、〇〇〇円、原告鈴木高明外八名の損害額は金七二万〇、〇〇〇円(各金八万〇、〇〇〇円)となる。

(二)  請求原因四項(四)の事実(損害の填補)は当事者間に争いがないので、填補額合計金五三六万一、一七九円をまず亡トミの前記損害金に充当し、残額金五〇万一、〇八六円を前記原告鈴木栄および鈴木高明八名の各損害金にその額に応じ按分して充当すれば、原告らの右損害金残金は、原告鈴木栄が金五三万六、二七一円、原告鈴木高明外八名が各金五万三、六二七円(合計金四八万二、六四三円)となる。

(算式)

原告鈴木栄

800,000(円)-(501,086(円)×10/19)=536,271(円)

原告鈴木高明ら

80,000(円)-(501,086(円)×1/19)=53,627(円)

五  弁護士費用 金二五万〇、〇〇〇円

原告らが本件訴訟追行を原告ら訴訟代理人に委任したことは記録上明らかであり、〔証拠略〕によれば、その弁護士費用を同原告が他の原告らの分を含めて右代理人に支払うことを約した(着手手数料として金五〇万〇、〇〇〇円を支払い、成功謝金として金一〇〇万〇、〇〇〇円を支払うことを約した)事実が認められるところ、被告の抗争の程度、本件事案の内容、審理の経過、認容額等を考慮し、本件事故と相当因果関係にある損害として原告鈴木栄が被告らに賠償を求めうる弁護士費用は、金二五万〇、〇〇〇円とするのを相当と認める。

六  原告ら全員は、亡トミの損害賠償請求権につき相続分に応じてその請求をなすが、前記のとおり、亡トミの損害額は全額填補されたものとみるべきであるから、相続による取得分はなく、右請求はすべて理由がない。

第四  以上によれば、被告両名は、各自、原告鈴木栄に対し、金七八万六、二七一円および内金五三万六、二七一円に対する亡トミ死亡の日である昭和四七年一一月一五日以降、弁護士費用である内金二五万〇、〇〇〇円に対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四六年一〇月一七日以降、各完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を、原告鈴木高明、同戸田玉子、同薩来愛子、同加藤秋子、同曾我部綾子、同鈴木留若、同中根道子、同鈴木勝蔵、同鈴木勝に対し、各金五万三、六二七円およびこれに対する亡トミ死亡の日である昭和四七年一一月一五日以降各完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を、それぞれ支払う義務のあることが明らかであるから、右の限度で原告らの本訴請求を認容し、右原告らのその余の請求および原告鈴木里美、同東映子の請求をいずれも失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 長谷喜仁 吉崎直弥 澤田経夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例